2009年1月29日木曜日

三人で水上スキー

九月に書いたエントリーに湖のとなりに家を説明しましたね?やはり湖でできる趣味があります。例は水上スキーです。

十歳のときに水上スキーをし始めました。水上スキーの一番難しいことはスピードボートが速くなりながら引くうちにスキーの上に立つことだと思います。立ったら、優しいようになります。まだ上手ではないときに倒れたことが多かったです。

毎年の夏休みに練習しましたから、私も妹も弟も上手になりました。時々二人で水上スキーをしてみました。いつも楽しかったと思います。それでも、水上スキーをしたことがない人が私の家に泊まるので、習いながら倒れたことが多いです。例えば、リサちゃんです。リサちゃんは大学一年生の頃から友達もルームメートです。2006の夏休みに湖のとなりに家に泊まって、水上スキーをし始めました。最初によく倒れましたが、帰ったまでに倒れないで湖に回ることができました。

2008の夏休みに、リサちゃんはまた訪問しました。他の友達も来ました。この人は今年リサちゃんと私のルームメート、ブランディーちゃんです。リサちゃんは水上スキーのことをよく思い出したから、またしたいと言いました。スキーを履いて、水に入って、スピードボートが引かれました。一発必中でした!やはり思い出したね。私は「二人で水上スキーをしてみようか?」と進めました。リサちゃんは上手のようなので安全だと思います。してみました。問題がなかったから、すごく楽しかったです。



それを見たら、水上スキーが水上スキーが全然ないブランディーちゃんはしてみようと言いました。「すばらしいねえ。エイミーちゃんとリサちゃんと三人で水上スキーを頑張ろう!」と言いました。ブランディーちゃんは私の家で三泊なので、練習の時間がありました。毎日練習を少ししました。毎日倒れることも倒れないで湖を回ることもありました。



ラストチャンスの最後の日が来ました。ブランディーちゃんは三人で水上スキーをまた進めました。母は「しない方がいいと思う。」と言いました。「ブランディーちゃんは一人でよく倒れるので、三人できっと倒れるかもしれないの。これはエイミーちゃんにもリサちゃんにも危ないよ。」それでも、ブランディーちゃんもリサちゃんも私もしてみたかったです。母は「危ないと思うが。。。気をつけて。」と言いました。

ちょっと心配したが、三人でスキーを履いて、水に入って、スピードボートが引かれた。。。


やった!

2009年1月28日水曜日

とんでもない大ゲンカの訳

この映画をいまだに見ていない方はないと思います。ピータ・ジャクソンが監督で3部作の大きなスケールで作られた<ロード・オブ・ザ・リング>です。私が中学校一年のときに第一弾が出てきて姉とワクワクしながら見た記憶があります。姉は映画の元になった小説のファンだったので「次のシリーズも一緒に見よう」と言いました。私も映画がとても気に入ったので「絶対そうする!」と約束しました。






そして一年後、第2弾が2002年12月に公開されました。一日も早く見たかった私たち姉妹はこの映画が公開して最初の週末に朝一に上映されるのを見に行くことにしました。でもその映画を待ってたのは私たちだけではないでしょう。一番早く上映される時間の2時間前に映画館に着きましたけどなんと3回目の上映分まで売り切れ。。。そうです。私たちは前もって買うことに思い付かなかったです。しかも映画館に人々が入り込んでいる。。。そこで考えました。「今は朝6時半。次の上映時刻はランチタイム。今から待って見ようとしても夕飯の頃に見られることになる。。さぁ、どうしよう。」ここで姉と私は違う選択をしてしまいました。私は「待ってチケットを買おう!」、そして姉は「今日は諦めて、明日のチケットを買おう!」と。私は悔しかったけど5歳も上の姉の言うことに逆らうわけにはいけなかったのでとりあえず家に帰ることにしました。

早い時間から準備して出かけたので疲れた私は速く帰りたい気持ちでいっぱいでした。でも姉は帰ろうと言いつつ映画館に貼ってある映画のポースターに夢中でした。私は「映画も見られなくてさびしいのに何の未練があってずっとポースターを見ているの?」といいながら姉を促しました。しかし姉は映画館から離れたくないように見えました。その様子に腹が立った私は姉をほっといたまま一人で帰りました。帰り道で何度も姉から電話がかかってきましたが私はあえて出ませんでした。

私が帰って3時間後姉が大声で私を呼びながら帰ってきました。姉はどうして一言も言わずに先に帰ったのかの攻めました。私は怒ってる姉が怖くて泣きながら姉がまだるっこいからだよと言い返しました。でも姉は私が勝手に帰ったことに怒ったわけじゃなかったそうです。私がいなくなった後私が迷子になったと思って姉は映画館の周りを何度も回って私を探してたそうです。それを聞いて私は姉に申し訳ない気持ちになりました。こんなにわたしのことを心配してくれる他人に私は「あなたはのろい」って言ってしまった。。なんてひどいことを言ったんだと思いながら反省しました。





それから三日後、姉が2枚のチケットを見せました。なんとネットで前もって買ってたんじゃなくてワザワザ映画館に並んで待って買ってきたのです。姉は私に誤りながらチケットを渡しました。別に悪いことをしたのでもないのに、悪いのは私なのに、妹に謝る姉の姿に、姉の愛に感動してしまいました。その後、それくらい私を思ってくれる人はないと思って姉にもっと優しくしてあげるようになりました。そのケンカは今でもつらい思い出ですけどつらかった分姉の愛を感じられたのでとても大切な思い出にもなったのです。皆さんはこういう経験、ありませんか?

2009年1月27日火曜日

ドーナツまでの旅行

僕は皆の大好きな東京に生まれて育って、それから小さいの時から毎年夏休みの時に家族といっしょにミシガンに行くことにしますが、実は僕の忘れられない思い出はマサチューセッツからです。三歳から八歳は、僕の家族はボストンの方でした。だから僕と父はレッド・ソックスの大ファンになっていました。今でもレッド・ソックスは僕たちの一番好きなスポーツチームですよ。まあ、ヤクルト・スワローズも好きですね。

しかし、僕たちはボストンから車で45分だったので父は毎朝仕事まで運転しました。家族は車が二台ありましたが、普通は父はもっと小さい車を使いました。母の車はミニヴァンで、緑でした。僕と兄弟たちはアメリカのアニメが大好きだったから母の車は「タートル・ヴァン」と言いました。「タートル・ヴァン」は「ティーネージ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」というテレビ番組の車です。皆さん知りますか?それから、父の車は「バット・モービル」という名前を付けました。「バットマン」からです。


僕は小学生の時にいつもバット・モービルに乗りたかったです。でも、父は平日には会社まで自分の車で運転したから僕は乗られなかったです。悲しかったですよ!だが、週末の時に僕は父といっしょに大好きなダンカン・ドーナツという店までバット・モービルで行きました。それは特別の日でしたよ。その車に乗ると、いつも「ああ、僕は本当にカッコいいだな」と考えました。それで、その時にはドーナツは多分僕の一番好きな食べ物かもしれませんから、そのダンカン・ドーナッツの旅行は本当に素晴らしかったですね。その思い出は本当に忘れられないね。今までそのドーナッツ店見つけたら、別に食べたくなくてももちろんドーナツを買うようにします。

2009年1月26日月曜日

忘れられない。。かも

忘れられない思い出と言えば、やっぱり昔のことが思い浮かびますね。昨日のこと、先月のこと、去年のことも、起こったばかりだから忘れるかどうかはまだ分からないからでしょう。

でも、その昔のことを思い出そうとしたら、別にみんなに伝えたいものが浮かびませんでした。というわけで、今日の2週間ぐらい前のことについて書くことにしました。忘れられない思い出になりそうですけど、やっぱり年を取るとだんだん忘れて行く可能性もありますね。


毎年、夏休みと冬休みのいつか、私はサンディエゴに旅行します。一週間から一ヶ月まで父の家に泊まります。妹も弟もいるから、子供の遊びでリラックスできるんです。冬休みはちょっと短いから、今年も新学期が始まる前に一週間ぐらいそこにいました。いつもセントルイスの寒い一月から脱して、サンディエゴの日差しをゆっくり楽しむのが大好きだけど、今年は特にいい天気でした。

毎日毎日あったかくなったから、最後の日(土曜日)海辺に行きました。超青空で、少し涼しい風もあったけど、日光が暖かくて信じられないほど気持ちよかった。海に水遊びしたり、ゆっくり日差しに浴びたり、本を読んだり。二、三時間たったら、強い風が突然吹いて、上の写真のようにヤシの木からヤシの木から二つのその大きい葉が落ちました。

それを刀だと言う振りをして、弟と思いっきり遊んじゃいました。しばらくしたら、ちょっと疲れてきましたから、「刀」のフックのような部分で弟に捕まって、あっちこっち連れて行かれました。とても単純な遊びだったけど、あまりに面白かったから忘れられないかもしれません。

2009年1月25日日曜日

祖母の家


忘れられない思い出というと、この歳になると楽しいことも悲しいことも、最近のこともずいぶん昔のことも含めて沢山あります。だから、結構選ぶのは難しいんですけど、今回は子供の時の楽しい思い出について書きたいと思います。

私は子供の時、毎年夏に母方の祖母の家に遊びに行きました。祖母の家は新潟県の山の中の小さい村にありました。母の一番上の兄が家を継いだので、祖母はその母の一番上の兄の家族と暮らしていました。祖母の家は農家ですが、母の兄の代から酪農も始めていました。

都会で育った私にとっては、その田舎の暮らしは珍しくて、本当に面白く思えました。特に牛舎に行って、伯父と伯母の仕事を手伝うのは楽しかったです。牛に餌をやったり、掃除をしたり、搾り立ての牛乳を飲んだり、、、。伯母さんが牛舎の中にある台所で作ってくれた牛乳ようかんの味は今でも忘れられません。牛の赤ちゃんが生まれる瞬間も何度か見ました。本当に感動的でした!

毎日の食べ物もとてもおいしかったです。祖母の家のある地域は魚沼という所ですが、この魚沼産のコシヒカリという種類のお米は、日本で大変有名です。そんなお米が毎日食べられて本当に幸せでした。それから、野菜や果物も自分の畑で作っていました。東京の方では、スイカってまるごと買うと結構高かったんですが、祖母の家では沢山栽培していて、いやというほど食べられました。山に囲まれている所だから山菜も豊富で、よく伯母と祖母が山から採って来たゼンマイを食べていました。

田舎だから自然もとても豊富でした。祖母の家の横には、小さい小川が流れているのですが、その横に山のわき水からつないできているホースがあって、その水は飲むことが出来ました。祖母はその水を冷蔵庫代わりに使っていました。スイカや野菜など、そこに入れておいて、冷たくして食べていました。小川の水は本当に奇麗だから、その周りには蛍がいて、夜になると蛍の光が奇麗でした。

一つちょっと面白いなあと思ったことは、この地域の人の名字がみんな「渡辺」だということです。私の母も父と結婚する前の名字は「渡辺」でした。皆さん、ラスト・サムライとバッドマンの映画に出ていた日本人俳優の渡辺謙(けん)を知っていますか?この人の名字も「渡辺」ですが、実は同じ新潟県北魚沼郡の出身です。日本の田舎に行くと、どうしてこんなにみんな名字が同じなんでしょう。

まあ、この疑問は別の機会に考えるとして、先日5年生のクラスで田舎の自給自足の暮らしについてどう思うか少し話し合いました。皆このような暮らしは好きではなかったようですけど、一度体験してみるのはいいかもしれません。もしかしたら、意外に面白さを発見して、幸福感を味わえるかもしれませんよ。

2009年1月24日土曜日

飯事

一人子ですが、二人のお兄さんのような友達がいます。高校3年生から決めたことです。そのころから、「兄さん」と「お兄ちゃん」と呼び続けました。兄さん 達はクラスの中で、一番頭がいい人でした。成績だけではなく、やりたいことは何でもできました。フィリップはコンピュータのことよくしていて、そして数学 に強かったです。ボッビーは工学者になりたかったので、理学に強かったです。

学校一番格好悪い学生のグループの中に、「何でもできる三人兄弟」と知られていました。ある意味でそうでしたが、本当は私達が離れるのはいやでした。私の高校にとって、スポーツが一番でした。今までそうです。でも、私達はバンドや星学部の部員で、随分格好悪かったです。でも、楽しかったです。その頃、兄さん達と一緒にいれば、何でもできるような気がしました。

私達は星学部の会長、副会長、と務長官でした。星学部は毎年の春に旅行をしました。いつのウエストバージニアで、山の中の大きいロッジに あります。土曜日に学校の後ろに集めて、そして学校からロッジまでは5時間ぐらいでした。いつもいい天気でよかったです。一番楽しいことは木からつるした ブランコでした。乗れば、がけの張り出した所を超えて、足のしたに何もなくて、少し怖かったが、すごく楽しかったです。そしてよるに、外に出て、星空を見 ました。



その旅行からではありませんでしたが、先生がたくさん写真を撮りました。きれいでしょう?

2009年1月23日金曜日

ペットの思い出

私はずっとペットが欲しかったんです。とても小さい時、金魚を何匹飼っていたけど、金魚と遊べなかったし、すぐ亡くなってしまったから、もっと大きいペットが欲しかったんです。何回も母にお願いして、やっとハムスターを飼わせてくれました。私は小学生で、母は私がまだ無責任だと思ったから、とりあえず飼いやすいハムスターにしました。ハムスターを買いにいった日は一生忘られないと思います。箱にあるハムスターの山の中で、角で丸く寝ていた一番可愛いハムスターを慎重に選びました。でも、店員さんが箱から手に取ったら、このハムスターが店員さんの指をがつがつかんでしまいました。それは最初のトラブルの兆候でしたね。

実は、このハムスターの人生を通じて、「忘れられない」思い出が沢山あります。なぜなら、私のハムスターは凄く暴力的な奴だったからです。誰かがこのハムスターを撫でたら、大パニックになって指とかかんだんです。全然彼と遊べなかったし、世話をするのも大変になったんです。私も母もハムスターに色々なけがをさせられました。そして何回も檻から逃げちゃって、ある時、一週間ぐらい見つからなかったんです。時々特別なおやつ(パン、クッキーなど)をやったけど、おやつが好きになって、普通の餌を断って、結構太りました(まだ可愛かったけどね)。

死の数日の前に、弱って行き、可哀想でした。コーヒーマグに寝ていたけど、そのマグから出られなかったんです。餌をやるために、母がハムスターを手に取ると、ハムスターは最後に母の指を力なくかみました。こんな悪いペットだったのに、私は何だか悲しく、寂しくなって、海辺にあるヤシの木の下で埋めたんです。

皆さんはこのブログでペットについて色々書いてくれたけど、それを読んだら凄くうらやましくなります。私もいつかペットと一緒にそういう経験をしたいですね。でも、このハムスターのことを忘れられなくて、今でも時々懐かしく思い出すから、まあ、なかなかいいペットだったかもしれませんね。

2009年1月22日木曜日

山を登るぜ!

幼い頃にボイスかウトでしたから、よく荒原でハイキングしたり、カヌーをしたり、山をの登ったりしました。僕はフィラデルフィアの出身なので、やっぱりペンシルベニア中をハイキングしましたけれども、一番楽しかったのはバーモント州のローングトレールでした。十五歳の時にボイスかウト団員と一緒に山道に掛かって四人の友達と二人の大人で六日の旅を始めました。

バーモントに行く前に計画したのは最後の日にキャメルハンプという山を登るということでした。でも、ハイキングというのは一歩一歩で登ることだけではなく、他の山行者としゃべることもとても小さいバックパッキングストーブでご飯を作ることもします。バックパッキングストーブといえば、五日雨ふりザーザーでした。六日キャメルハンプを登るので、もちろん炭水化物は必要でしたから、マックアンドチーズを作ることになりました。僕は雨覆いの下で踞ったままでショボショボと食べていました。虫も汚れも食べ物に入りましたけど、みんなは何も言わずにご飯を食べました。

最後の日に六時に起きてそれから頑張って登りましたので、12時に登頂できました。でも、山頂からなにも見えませんでした。山と僕たちは霧に覆われてしまいました。山頂まで頑張って登ったのに。。。
(こういう感じで)


そこでサッと霧は強い風に吹かれて素晴らしい景色が目の前に現れました。その瞬間とその景色はいつまでも覚えています。


http://farm1.static.flickr.com/21/25803173_1aa5813370.jpg?v=0


なかなかいい思い出じゃない?

2009年1月21日水曜日

ホノルルの懐かしい思い出


「忘れられない思い出」と考えてみれば、私はやっぱり子供の頃の思いで沢山思い浮かびました。私はマウイ島で生まれて育ちましたが、祖父母を訪れるために何回もオアフ島に行ったことあります。今はその思い出を思い出せばすごく懐かしくなります。

祖父母の家はホノルル市にあって、素晴らしいところだと思いました。マウイ島はほとんど全て田舎で、あまり都会のところはないですが、ホノルル市は本物の都市です。いつも空港に着いてからすぐ買い物しに行ったりしてすごく楽しかったです。それから「シー・ライフ・パーク」などの観光地にも行ッたりしましたけど、ペースが速くて次の場所へ、次の場所へずっと急いでいました。

でもホノルルに行った時はいつも土曜日か日曜日の晩、祖父母と家族がみんな集まって公園で晩ご飯しました。公園に行く前にレストランなどで食事を買って公園まで持って行きました。いつも「Kaka'ako」という公園に行ったけど、海のすぐ側にある公園です。みんなと一緒に食事しながら日没を見たり、話をしたりしてすごくいい感じでした。買い物や観光地は楽しかったけど、これとは比べ物にはなりません。この公園は都会からちょっと離れていたので、本当に平安なところでした。太陽が没したら空の色がきれいな赤、紫に変わって、都会の忙しさを忘れてリラックスできました。

日没の後、私と妹が板紙で作られた箱に乗って、高い坂を滑り降りたりして遊びました。何回滑り降りても私も妹も疲れなかったので、夜遅くまで公園に残って、祖父母と両親が私たちを見ながら話を続けていました。子供にとっては、買い物や観光地の方が面白いようですが、今振りまけばこのように家族と一緒にリラックスできてよかったなぁと思っています。

もう子供じゃないので、この公園に行ったことは何年かぶりですけど、いつかまた戻りたいと思っています。この公園の思い出は沢山ありますから、このエントリーを書いたらすごく懐かしくなりました。皆さんは何かこのような懐かしい思い出もあるでしょうか?

2009年1月19日月曜日

ちょうネクタイとレニハン先生ーー残念ながら、忘れられない思い出


有留先生に忘れられない思い出について書いて下さいと聞かれました。皆さんはたぶん面白いのか、懐かしいのか、恥ずかしい思い出があると思います。私の方は恥ずかしい思い出が多すぎるので、先日は怒ったことについて話したいと思います。

今はエッマという友達と一緒にアパートに住んでいます。ある夜は、二人きりアパートで勉強していたが、お休みの後に勉強は久しぶりでしたので、あまり勉強したくなくなって、アイスを買いに行くことにした。その日は学期の初めてでしたから少し普通よりきれいな服を着りました。でも、学校の後に疲れたからパジャマのパンツに着替えました。そのパンツは気持いいでシュヌックスに行く前に普通のパンツに着替えませんでした。

だから、シュヌックスに言った時に青いパジャマパンツと白いドレスシャツと青いペイズリーちょうネクタイと茶色の上着を着て行きました。エッマに私はシュヌックスの辺に一番面白い服を着ている人だと言われました。私はちょっと面白すぎる服を着ていたので、とても尊敬している先生に見られるのではないかびくびくしていると返事しました。

シュヌックスに入って、ピーナッツバターのアイスを買いに行こうとしました。やっぱり、レジで買ったところに、偉いレニハンというとても尊敬しているギターの先生に会いました。本当に恥ずかしかったです。忘れられません。

忘れられない思い出


皆さん、冬休みは楽しかったですか。韓国はすごく寒くて私はほとんど家の中で過ごしてました。何もしなかったのに冬休みがもう終わってしまって残念だと思います。昨日までも学期が始まったことも信じられなかったんですけど、朝起きて「ブログ書けなきゃ」と思い出して、学期が本当に始まったことを実感しました。
今回のブログのトピックは「忘れられない思い出」です。考えてみると私の忘れられない思い出はほとんど小さい時の思い出です。その時は「きっとこれは忘れられない思い出になる」と思ったわけでもないし、他の人の立場でみるとそんなに大事な思い出もないかも知れませんが、なぜか私には印象深かった瞬間です。
特に楽しかった思い出は友達の家に遊びにいって一緒におやつを食べて思い出です。友達のお母さんから「3時ですから、一緒におやつ食べよう」と言われて一緒にキッチンの中に置いている小さいテーブルでおやつを食べました。日本人はいつも3時におやつを食べるそうですけど、私はそれを全然知らなかったのでびっくりしました。プリンとミルクチーがでたんですけど、それも初めて食べたのですごく美味しいと思いますた。
今考えて見ると別に大きい事件でもないですが、私には確かに新しい経験でした。大人になると沢山経験があって、新しい物が減ってしまいます。で、忘れられない思い出が小さい時より減ってしまいます。今からは自分が新しい物を探して思い出を作るように努力するつもりです。

2009年1月18日日曜日

忘れられない思い出


皆さん、お休みはどうでしたか?実家に帰って少しはのんびりできましたか?家族とゆっくり話をしたり、普段は会えない友だちとあったり、ちょっと旅行をしたりという感じだったのでしょうか。十分リフレッシュできましたか。私はけっこういい休みでしたよ。ハワイ(カウアイ島)と日本へ行ってきたのです。ハワイは始めてだったのですが、本当によかったなあ。お金に余裕があれば、毎冬行きたいぐらいです。毎朝暗いうちに起きてホテルのジムで1時間ほど汗を流し、その後コーヒーを持って浜辺へおりて朝日の昇るのを眺める。日中はただただ泳ぎまくって、夜は波の音を聞きながら眠りに落ちる。まさに夢のような1週間でした。クラークさん、ハワイって本当に素晴らしい所ですね。

さて、授業でも既に予告してあるように今学期のブログの第1周目は「忘れられない思い出」について書いてもらおうと思います。忘れられない思い出などだれにだって数えきれないほどあるでしょう。その中のどれか一つを選んでそれについて書いてもらいたいのです。つまりそれはいったいどういう思い出なのか具体的に書くのです。人によっては(あるいはほとんどの人にとって)、「忘れられない思い出」は自分の胸に大切にしまっておきたいものかもしれませんね。そんなときは、何かブログに書けるような「忘れられない思い出」を探して、それを書いてみてください。「忘れられない思い出」に関する一般的な意見などではなく、あなたの思い出そのものを書いてもらいたいのです。また、「忘れられない思い出」は楽しかった思い出でなくてもかまいません。つらかったことや悲しかったことでも、もちろんかまわないのです。要は今も「忘れられない」という点がポイントなのですから。

念のため、下に第1周目のスケジュールを載せておきます。確認してくださいね。ブログのルールは先学期と同じです。自分の担当の日にエントリーを書きその外の日はコメントを書くこと。コメントはエントリーがアップロードされた次の日中(つまり、このエントリーのコメントは明日1/19中)に書くこと。それだけです。それでは、今学期も頑張っていきましょう。

1月18日(日) 有留
1月19日(月) 李
1月20日(火) シェルビー・カーペンター
1月21日(水) ジョナサン・クラーク
1月22日(木) ツール・マイケル
1月23日(金) クララ・パーク
1月24日(土) キムヤング・山本
1月25日(日) 林先生
1月26日(月) メラニー・ビール
1月27日(火) ザック・グリフェン
1月28日(水) ジェシー・リー
1月29日(木) エイミー・トレガー
1月30日(金) 休み
1月31日(土) 休み
2月1日(日)  有留